ピリカな日々

店長へのインタビュー(前編)

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はい、こんにちは!今日も快晴ですねぃえぃえぃ!

さて、本日はピリカポッケの店長・寺田剛史氏にインタビューをしてみました。
店長でありながら、俳優でもあり、風船ピエロの"つよぽん"としてバルーンショーもしている寺田氏
今やノールックで風船を作り、子供たちに配り、みんなを喜ばせている寺田氏が、風船を始めた頃の貴重なエピソードも!
激レア写真も登場しますので、ぜひぜひ最後まで読んでくださいね~。

 


現在のつよぽん。

手慣れた様子で楽しそうに風船を作るつよぽんには、どんな下積み時代があったのでしょうか?

ー 風船のことが大好きだとお聞きしましたが、どのくらい好きですか?

A ぞうさんの足あとくらい好きです!

ー めちゃくちゃ好きという事ですね!了解!
 では、風船はどうやって勉強しましたか?
 独学?師匠はいるんですか?

A その昔、僕が20歳くらいの時、まだ演劇も始めたばかりの時、同じ劇団「飛ぶ劇場」の友人(有門正太郎くん)と2人、何か面白いことはないかとふらふらしていると、あるイベント会社の社長さんに、「お前たちピエロをやらんか」と声をかけられました。何でもやってみたい年頃でしたので二つ返事で受ける事にしました。他のパフォーマーの方に、プードルとうさぎ、あと何だったか忘れましたが何種類か教えてもらい(細長い風船で作るやつ)2人でバルーンピエロとして仕事にでる事になります。


風船を始めた頃(とんでもない衣装ですねwww)

さて、ここからどうやって風船を勉強したか。
そのとあるイベント会社の社長さんからのお仕事は絶対にピンハネされてるなと義理を忘れ疑い始めた僕らは、誰にもピンハネされることのない路上パフォーマンスに繰り出します。


当時の写真(福岡県 親不孝通り)

路上でバルーンを作り、投げ銭をもらうのです。
福岡県の親不孝通りに週末通い、若者たちに囲まれながらキャーキャー言われながら一夜にして数万円の投げ銭をもらうことができることに味をしめ、至る所で投げ銭を始めたのでしたw


渋谷センター街(この二人は今でもお芝居を見に来てくれます)

すると、どこから聞きつけたのか、ドレット頭の兄さんが近寄って来て、「風船やってんの?俺もやるんだよ。」と僕らの前でサササッと作ってくれました。それは僕らには到底作ることのできない作品でした。


ドレット頭のお兄さん(バルーンで作るドラえもんを作ってもらいました)

それおを家に持ち帰り、分解し、研究し、同じ物は作れるようになりました。そのお兄さんに、「東京の井の頭公園に行ったらたくさんパフォーマーいるよ、バルーンの人もいるから行ってみれば」と言われ、東京へ行き、井の頭公園のバルーンパフォーマーのパフォーマンスをビデオに撮って帰り、それを見ながら研究し、とやっているといつの間にか色んなモノが作れるようになっていきました。


福岡県 警固公園でとったビデオ(これ井の頭公園のだった気がするけど。。。)

まぁ、独学だと思っています。師匠はいません。

ー うああああとっても貴重なエピソード…
研究と努力の上に今の店長、そしてつよぽんがあるんだな…路上パフォーマンス楽しそう…今度しま、しょう。

ー ピリカポッケというお店の名前の由来は?

A ピリカ(pirika)、アイヌ語で「良い・美しい・綺麗・豊か・優しい」という意味。ピリカポッケを始める時に、バルーンを身近に感じる事でみんな優しい気持ちになってもらえたらいいなと思っていました。優しい気持ちになってもまたそれをを忘れる事もあるでしょう。そんな時、あの時の優しい気持ちをポッケ(ポケット)の中からそっと取り出し、ああそうだったな、忘れてたなと思い出してもらえたらいいなと。そんな事ができたらこんなに幸せな仕事はないなと思い、「ピリカ」と「ポッケ」をつなげて、ピリカポッケとしました。

ー ふぉおお。。そんな素敵な由来が。。
こんな由来があるとも知らず、うぃ~~風船楽し~~みたいな感じで働いている自分を殴りたい。
 ピリカポッケの名前に恥じぬよう、優しく豊かな従業員でありたいです!

さて~~~まだまだ店長へのインタビューあるのですが、残りは後編へ。
人の数だけ歴史があるな~~、よいですね~~。。。

後編も、お楽しみに(*^_^*)

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